おクジラさま:捕鯨をめぐるニッポンのいまが見える

 環境社会学系の講義で捕鯨はとてもよいトピックだ。日本人は捕鯨となると恐ろしく一枚岩になるので、ニッポン論として取り上げる価値が高い。朝日から産経までマスメディア論調に差がなく日本の食文化論が展開されて、伝統的和食を大事にする環境NPOもクジラ食を擁護する。右も左もなく日本人が一丸となる話題なのだ。アカデミー賞受賞のThe Cove の後、太地(たいじ)の捕鯨をめぐるドキュメンタリー映画。

 和歌山県の太地は何回か訪れたことがある。リアス式海岸のために美しく深い湾(cove)にめぐまれた紀伊半島の南端にある小さな街。その海の美しさを映像で思い出し、魅入ってしまう。400年も前からクジラ/イルカの追い込み漁をして捕獲し、食材にしてきた歴史を持っていて、クジラを街のシンボルにしておりあちこちに絵や彫刻が飾られる。いってみれば愛でる方でも食べる方でもクジラ/イルカに依存した街である。ちなみに、クジラとイルカの区別は大きさのみ。実際に追い込み漁で捕獲しているのは小さいクジラ、つまりイルカなのだ。

 そこにあざとさも隠れている。イルカ漁というと「かわいそう〜」と日本人も思う人が多いだろう。子どもたちはイルカを可愛がるのに慣れており、イルカを食べるものとはあまり考えないからだ。クジラといえば給食でも出てくるし食べてもいいと思う人も多いかも。街はその2つのイメージを使い分けてきたが、Youtubeで世界に発信され、イルカを殺している街と認識されてしまい来訪者が引きもきらず、小さい町役場には大量に「イルカを殺さないで」とつたない日本語で書かれた手紙が届く。

 太地は世界の水族館にイルカを供給してきた。反捕鯨の運動家の働きかけもあり、2015年に日本動物園水族館協会は世界協会に加盟し続けるのか、太地の追い込み漁(倫理的でない方法)で捕獲されるイルカを認めるのか選択を迫られた。協会は倫理規定を順守するため加盟を続ける道を選び、太地の水族館は日本の協会を脱退した。いまイルカショーは動物愛護の精神には反する流れのなかにある。それでも人気はひきもきらず世界水族館協会に所属していないロシア、中国、トルコといった国の水族館などに高値で売れていく。といっても毎日売れ続けるほどでもないだろう。残った個体を肉として市場におろしても、食肉としての人気は低くて赤字になる値段となる。これでは将来の産業として持続していけるのか若者は心配になるだろう。

 健康の面からいうとクジラ/イルカ肉の水銀含有量は高い。街の人々の平均値は日本人平均の4倍だという。特に妊婦には要注意な食材だ。クジラをいつも食べている人の水銀値はもっと高くなりそうで心配になる。給食にクジラを出す前に水銀含有量を調べてくれと訴えた議員は、インタビューで「なぜ食べないのか?」と聞かれて「不味いから」と答えていたが、率直な話だろう。いまや安くて美味しい魚や肉がどこでも流通している時代。自給するためにイルカを捕獲していた時代とは食の環境が変わってしまった。地産地消を大事にする環境保護活動の掛け声に限界があるように、イルカを食べようと言っても、地元の人の嗜好が変わってしまったのだ。

 現代ではペットとして可愛がる動物を、同時に食べるのを喜ぶ人はそういない。そろそろ街はイルカを愛でる方に集中して稼ぐ道を考えたらどうだろう。太地は世界有数のイルカ/クジラウォッチングが可能な稀有な場所である。美しい海とイルカと会える観光地となる未来の方が、明るいように感じたのは私だけだろうか。