最近読んだ本:ブラック・スワン

ふところの寂しい私が新刊で流行の単行本を買うのは意外に稀。以前雑誌のインタビュー記事を読んでとても興味をそそられたN.N.タレブの本。やっと読みました。感想を一言でいえば、ともかく経済学者でなくてよかった〜(笑)。しかし彼が自分をさしていう「懐疑的実証主義者」って、べつにフツーじゃんという気もしたりしたけど。タレブが批判する経済学に置かれたたくさんの仮定を、「え?それは無理だろう」って思って生きてきた結果、社会学者しているわけですから。
これまで「権威ある人が信じてきたであろう」事象を悉く爽快にぶった切ってくれる。こういう内容に耳を傾けてもらうためには、これだけの知性と博識をもってしないといけない。脱帽いたします。もちろんそれだけではダメで、経済が突如危機に瀕するこのような事態が「まぐれ」に起きたために、こうやって世界各国で翻訳されて売れている。彼は予言をするつもりはないとあれだけ言いながらも、結果的には予言者の地位に祭り上げられている。そういう星のもとにある人なんでしょうね。それにしてもアメリカというのは懐が深く一筋縄ではいかない社会です。タレブのような人が流れ着いて識者を批判しようと、彼を受け入れたアメリカ社会のシステム自体は結局批判されずに済むわけですから。
タレブの主張がすんなりと腑に落ちてしまうので少々気になりました。東洋的な感覚に訴えられる時に生じがちな危険な兆候です。日本人ってそもそもそんなに世界が予測通り線形に動いていると思っていないでしょう。いつ巨大地震がくるともしれない、台風がやってくる、原発が事故を起こすかも、など起こる確率は小さくても起こったら重大なことに身構えている、というタレブ推奨の態度はあんまり目新しくありません。だいたい普段から、あまり確率論的に物事を決めたり判断したりしていない社会でしょう。
同じ内容の書物が社会によって違う受け止められかたをすることがよくあります。ベル型カーブ(正規分布)や統計に基づいた意思決定が隅々まで席巻している社会では、彼の議論はとても実際的で役に立つかもしれない。しかし、最近ようやくそういう意識が浸透し始めた(日本のような)社会では、むしろ逆の影響を与えるかもしれません。そこが少々心配です。私もベル型カーブを使って仕事をする研究者の1人ですが、はなから学びもせずに「そんなの役に立たないんでしょ」っていう人が増えると困るからです。ちなみにタレブは事象によって、役に立つ時とそうでない時を使い分けているのですが、そこのところは強調されていないから、読み飛ばされるでしょう。
最近の世界では、学者をたたくのが流行っているのかもしれませんね。日本ではどちらかというと官僚たたきの方に人気があります。学者はたたくほどにも目に入らない存在なのかもしれません。そのくらいでちょうどいい、かな。