「ワーク・シフト」とジャーナリズムの未来

 常勤職について以来学期中は本もろくに読めない日々が続いている。そんな中で夏休みにかかったところで読了した一冊が「ワーク・シフト」(リンダ・グラットン)。そこに印象的な記述をみつけた。


 2025年に有望な職種のなかに、昔ながらの純粋な意味でのジャーナリズムは含まれない。



やはりそう考えるのだなと同意した。私もそう思っている。
この本に書いてあることにはさほど新鮮さを感じる部分は少なかったけれども、概ね未来予測の基礎をなぞって、おさらいをしてくれている感触であった。

 じつは、ちょうど先週、TVジャーナリズムの限界を強く感じる出来事があった。不妊治療に関する国の助成制度改革について報道する2つの番組における「つくりかた」の違いがあまりに鮮やかだったからである。NHKニュースウォッチ9と、翌朝の(おそらくテレビ朝日の)ワードショーには、同じNPO fineという不妊治療を受ける当事者団体の理事長が出てきてインタビューに答えていたが、それぞれ別の部分を都合よく切り取って、正反対の印象へと誘導していた。

 ニュースウォッチ9では、「43歳未満への年齢制限はいたしかたない。それなりの配慮がうかがえる委員会の結論である」というプラスイメージといえる部分を中心に。ワイドショーでは、「治療を受ける人にとってプラスにになることはなにもない」というマイナス面イメージのみ。常に中立を装いながら決まった方向性にそって素材を加工するマスメディアの典型的な「ニュースのつくりかた」を綺麗にみせてくれた。結論を決めているのは誰なのか?視聴者のニーズをおそらく先取りしたということなのだろう。そこに真実の追求、というジャーナリズムらしい姿勢は存在していない。


 問題はほかにもある。当事者団体を掲げているこのNPOとは、多数の医院の協賛を得て活動している、なんだか妙な印象のグループではないか。ほんとうに「当事者」を代弁しているのだろうか、と心配になる。地道な活動をしていたり研究をしている人々はいくらでも他にあろうに、インタビューが同じ人に重なっていることも解せない。


 私自身はこの委員会の結論は概ね妥当であると思っている。わずかな妊娠への可能性を求めて多数の女性が40歳を超えても不妊治療にいそしんでいる現実を「頑張っている」と積極的に応援するのは健康面からいってかなり危険な発想だと思う。長期間、何回にもわたり挑戦しつづけるほどに得をしているのは誰なのか、とよく考えて不妊治療をする医者の立場が見え隠れすることも報道してほしかった。


 いまでさえ、「純粋な意味でのジャーナリズム」などない。私自身、すっかり新聞とテレビ報道を日常にほとんど入れなくなってしまってずいぶん日がたつ。ではどうやって社会のリアリティを捕まえていくのがよいのだろうか、そこはまだ考えあぐねている。