いろいろと心配したことがあたってしまうほうだ。でも、今度だけははずれてほしいと強く願っていることがある。いま強く心配しているのは、何事もなかったかのように振る舞おう、平穏であると信じよう、みんなで助け合あおう、という「空気」を乱す輩を「非国民」という位置取りへと追いやる、社会のシステム変化である。もう1ヶ月くらいまともに寝られていない。
きっと昔からこうだったのだろう。戦争が止められないうちに起きていった、つい半世紀前の人々も。私も日常に紛れているうちに日々過ぎている。授業の準備に、発表の準備に、と日々追われているうちにひたひたと危険な闇が増殖している足音を感じて恐怖に苛まれている。ハリーポッターで書かれているのは、これだったのか。
それぞれの持ち場で、仕事や日常の中で踏ん張るしかない。でも、闇の力は強力なので、からめとられる。流される。もう何年も前からそんなことばかり考えて生きている。みなさんは、どちらの側で生きていかれますか?私は、最後の一秒までハリーポッターの側にいます。それはたぶん大変なことだし知恵をしぼらないと周りにも迷惑がかかる。そうならないように、いまから布石を打っておこう。縁を切りたい方は早めによろしく。
検索の場にも何かが介入している。反原発の関係者の固有名詞など特定の個人のキーワードを入れるとへんな固まり方をする。情報がいつまでネットで読める状態であるかすら、わからない。発信できなくなる日が来るかもしれない。
若い学生さんたちと接することが多いと、余計憂いてしまうのです、将来を。彼らはみな素直でいい子たち。闇を操る人々にはこれほどありがたいことはない。心優しい人がこんなにたくさん溢れている。震災で傷ついた人を癒そうと多数の人が実際に行動をしている。なのに、なぜ心配するのか?そんな行動をしない私が。
心優しい人が多すぎるから、心配なのです。重大なことが起きてから、みんなで慰めあい、美しく散ることを受け入れてしまうこの社会のシステムを、目の前でみせつけられるから。くることがわかっている地震や、原発事故を予測して避けることをしないで、事後に嘆き悲しむことを繰り返す社会の一員に、すんなりととけ込むことを、私はしたくはありません。常に未来を見て動こうと思うのです。