ようやく終わりに近づいてきた入試の季節。非常勤の私は幸い入試の試験監督は義務ではありません。この季節だけはお休みが余計にもらえます。常勤の同業者のみなさん、お疲れ様です。ただでさえ神経を使う行事なのに、入試ネット投稿騒ぎですからね。
それにしても、すごい過熱報道でした。連日どの新聞でも一面トップを飾るのですから。偽計業務妨害で逮捕とは、なんと大掛かりなことでしょう。結局京大はじめ、大学は被害届けを出しました。メールの出所情報を入手するためしかたがないと擁護する人は多いけれど、どうにも気分が悪い。大学は被害届など出さずに自分で処理し、ニュースとしては、もっと軽く扱われてほしかった。
社会学やってる人の定型反応でしょうけれど、「大騒ぎになること」に注目してしまいますね。ああ、日本社会(の支配的立場にいる方々)は入試のことを本当に重要視しているんですね、と。そりゃそうです。厳しい入試をくぐり抜けてきた人こそ、支配層にふさわしい、と当事者が信じているのだから。そこが揺らぐとすべてががらがらと崩れる。入試が厳正でないとなると大変なことになる。心配になるわけです。だから大騒ぎになった。
でも、入試ってそんなにすごいものなんでしょうか?大学に入ってからもカンニングや剽窃行為に明け暮れる人がいることは、大学教員なら誰でも知っています。それをあの手この手で封じよう、とするのも仕事の一部。それでも100%は防げません。入試も同じでしょう。ばれなかったカンニングはこれまでにもあったはず。ネットに投稿してしまうなんて、むしろ稚拙なやり方かもしれない。もっと頭の回るやり方をしている人もこれまでいたでしょうね。
だから、ペーパー試験による有名大学への一発合格でいろんなことが決まってしまう社会は危険です。日本の大学は入ってしまえば出るのはらくだし、大企業や公務員などへのアクセスが可能なパスポートになる。新聞などに入社するのも試験中心の一斉採用。メディアと公務員はほかの業界よりは試験好き&得意な人が多い業界なので、そのことが大騒ぎと関係しているのでしょう。
大学受験は入る前に多大な時間的負担を受験生に強いるものですが、昨今はそれに加えて塾と予備校が進化していることから、親や祖父母の投資力の有無が、結果を左右する傾向が高まっています。そういう不平等を放置したまま、厳正なる入試による結果平等だけを主張して、何か意味があるのでしょうか。受験生の意識やモラルの低さと高さとはどう判定するんでしょうね。「国公立に入って母親を安心させたかった」という、涙をさそうコメントも、ある種の道徳観を兼ね備えているわけです。彼には、もう一度しっかりと勉強して、ぜひ希望の大学に合格してほしいものです。これだけ痛い目に合ったのだから、2度とカンニングする学生にはならないはず。痛い目にあわずに、要領よくするすると社会へと出て支配的地位についていく学生の方が、私はよほど怖い存在です。